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◆同盟通信(104〜112号)


[45]TITLE:新改革通信 84号  2008/5/3   
name:管理人


新改革通信 84号 平成二十年三月十五日発行

「三月十六日」は創価学会が大聖人の御誓願を受け継いだ日。
今の宗門は、「檀家制度」の残滓でしかない。

 明日、三月十六日は、創価学会の「三・一六」五十周年の記念日である。
 五十年前のこの日、七十五万世帯の折伏を完遂された戸田第二代会長のもとに男女青年部六千名が集い、「広宣流布の模擬試験」と銘打った儀式が行われた。それは、戸田会長が広宣流布の使命を、池田参謀室長(当時)を中心とする、次代を担う青年たちに託すために、広宣流布の成就を想定して行われたのであった。
 この時の法主・淳師は、学会の大折伏に驚嘆し、時代を俯瞰する考察までしている。

<淳師曰く>
「此れを以て考えますと将来の歴史家は立宗七百年以前は宗門の護持の時代とし、以後を流通広布の時代と定義するであろうと思われます。これまでの宗門の歴史を見ますれば時に隆昌がありましたが、結局護持といふことを出なかったと考えます」(「開宗七〇四年を迎へて」)

 この日淳法主の言葉は決して個人的な考えではない。大聖人の御金言に沿った見解であろう。

<御金言に曰く<
「当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す」(観心本尊抄 二五四頁)

と仰せである。すなわち、折伏による「流通広布の時代」を築いた、創価学会の三代会長こそが、賢王であり、その賢王が率いる創価学会こそが、将来の広宣流布の運動を推し進めていく地涌の団体であるという意味である。

 宗門にとって「三・一六」の儀式が、総本山大石寺において行われた意義は、大聖人の民衆救済の化儀・広宣流布を、僧侶ではなく創価学会が受け継いだ、それを法主が承認した儀式となろう。

 信心弱く、弘教の力無き、護持のみの僧の時代は終わり、信心厚き、弘教の力ある、賢王による仏法流布の時代の到来である。これは淳師の考察である「以前は宗門の護持の時代とし、以後を流通広布の時代」に符合する。

 実は、日顕は「観心本尊抄」の講義で次のように述べている。

<悩乱前の日顕講義>
「法体の折伏は既に大聖人の御出現によって確立され、あとは日興上人以下、僧宝による伝持の折伏となりますが、問題は国王による化儀の折伏です。これは大聖人御出現当時より現在、そして未来へ向かう時の流れのなかに正法を篤く信仰してその威儀を顕し、法の威光を発揚するとともに、勧善懲悪の働きをなす大人格の出現であります」(「大日蓮」平成二年四月号 五六頁)

 日顕自身も、広宣流布は本来、「大人格」の出現によってなされると定義しているのだ。ただ、日顕は、池田名誉会長がその「大人格」であると認めたくないだけなのである。醜い嫉妬の生命が真実を受け入れようとしないのだ。

<悩乱後の日顕の話>
 日顕は次のように述べている。
「『これからの宗門においては創価学会を外して考えるべきではない』と言われ、そこで私は、寺院における僧俗和合という、自分の広布推進の考えは一時、見合わせ、創価学会が広宣流布の団体なんだ、僧侶として学会の発展のためにできる限りの援助をしなければならないというところに到達したのであります」(平成四年教師講習会)

 この「これからの宗門においては創価学会を外して考えるべきではない」と日顕に言ったのは日達法主である。

 しかし、それ以上に、〃自分が中心になりたい〃という慢心が強いのである。そこで、「寺院における僧俗和合」という考えに執着して、それが「本来の姿だ」と言い始めた。

 結局、日顕は「流通広布の時代」を「護持の時代」に逆転させたかった。そうしなければ、賢王より〃自分が中心になれない〃からだ。嫉妬に狂う「頭破作七分」の姿であろう。

●檀家制度「坊主丸儲けシステム」の行き着くところ=宗門の破綻

 日顕は創価学会出現以前の、僧侶絶対の時代の優越感が忘れられない。それはいわゆる檀家制度が作り上げた、布教をしなくても供養が入ってくる、「坊主丸儲け」のシステムでもある。

 このシステムがあるから、日顕らは自己を向上させることなく、夜な夜な遊び歩いていても、信徒から、供養を得ることができた。

 この甘い蜜の味が忘れられない日顕はまるで麻薬患者のように、時代が変わっても、同じ快楽を求めようとしている。

 それを象徴しているのが、今、彼らが行っている「大会」である。大阪にしても九州にしても、会合の内容は、宗門を外護すること、僧侶を養うことを信徒に誓わせるものだ。日顕も早瀬も、信徒に下僕のように仕えさせ、自己満足している。

 檀家制度の残滓でしかない、今の宗門のあり方はいずれ破綻する。大会に来ているのは圧倒的に高齢者が多い。もうすでに宗門は坂を下りつつあるが、彼らはそのことに気がつかない。不知恩の宗門は、提婆達多のように地獄の苦しみにあって、はじめてその罪の大きさを知るのであろう。

 そして、自分たちは「流通広布の時代」に賢王の弘教と、その供養によって救われていたのだと思い知ることだろう。(編集部)

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