2017年12月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
前月TOP次月

Link

Blog Top

Home

◆新改革通信 目次◆

松岡幹夫氏文書一覧

●新改革通信(22〜43号)

●新改革通信(44〜52号)

大石寺の桜伐採の写真

◆同盟通信(104〜112号)


[46]TITLE:新改革通信 85号  2008/5/3   
name:管理人


新改革通信 85号 平成二十年四月二十七日発行

「謗法」呼ばわりして破門した、創価学会の供養で放蕩する
〃意地汚い〃日顕ファミリーが、宗門を食いつぶす!
「法教院」存続のため、十年後には三人に一人が無任所教師


 開目抄に云く
 「日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり。これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし、いはずば・慈悲なきに・にたりと思惟するに法華経・涅槃経等に此の二辺を合せ見るに・いはずば今生は事なくとも後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ」(御書 二〇〇頁)
 建長五(一二五三)年四月二十八日、日蓮大聖人は安房国清澄寺で立宗宣言されたが、その宣言は、受難を覚悟の師子吼であった。
 そして、大聖人は予見通り、種々の難にあい、最後には、竜口で「首の座」にすえられたが、「これほどの悦びをばわらへかし」と、法華経に命を捧げることは、むしろ喜びであると、威風堂々とした御本仏の境涯を示された。
 この大聖人の不惜身命の精神を受け継いでいる真の弟子だけが、本当の意味で、「立宗宣言」の日を祝うことができる。その真の弟子こそ、「投獄」という大難を受けた創価学会の三代の会長であり、共に戦う創価学会のメンバーである。
 今の宗門の繁栄はすべて、その三代会長の外護の賜物である。ところが、日顕らはその大恩に対して「破門」という仇で返した。そんな畜生にも劣る日顕・日如らに「立宗」を祝う資格などない。いくら、宗門が立宗会の儀式を行っても、それは日蓮大聖人の御精神に違背し、かえって日蓮大聖人を貶めるものでしかない。
 
● 自分たちが正しいと言うなら、「身延離山」に習い、「謗法」の布施をすべてを捨て去れ

 日顕は正本堂を破壊した理由を、「謗法の団体」である創価学会が寄進したからだ、と言った。しかし、その理屈で言えば、本山の総坊なども含め、三百以上の学会寄進の寺院はすべて破壊されねばならない。
 それだけではない。長年、創価学会員から受け取った膨大な供養もすべて「謗法の布施」になる。
 日顕らが、自分たちに正義があると言うなら、「身延離山」に習い、謗法の団体から供養された寺院と供養金は、すべて捨て去るべきである。そうでなければ、筋が通らない。
 ところが、日顕は、正本堂以外の供養はすべて自分たちの物と言い、その供養金で放蕩を繰り返している。実に、金に汚い、卑しい人間たちだ。

● 政子の2億円近いマンションの購入費も、もとを糾せば、「謗法」の創価学会の供養金
 
 「同盟通信」で、日顕の妻、政子が二億円近いマンションを購入していたことが暴かれ、宗内外で大きな波紋を呼んでいる。
 では、その金はどこから出ているのか。もとを糾せば、それもすべて長年、創価学会員が供養したお金と言える。
 創価学会のことを謗法となじる一方で、その創価学会が寄進した寺院に住み、日顕ファミリーにいたっては、過去に学会員から受け取ってきた供養金を貯めこみ、それで贅沢をしている。信心以前に、人間としての節度がない。
 宗門は本年までの三年間で記念事業のための供養として、九十億円集めようとしているが、あと四十億円足りない。この供養収奪地獄で、信徒は悲鳴を上げている。
 こんな時に、隠居した法主の女房が2億円近いマンションを購入していたという話が広がれば、信徒は供養する気力が失せるであろう。

● 十年後には、三人に一人が無任所教師

 日顕は、すべての財を自分の物にして人に渡そうとしない、その醜い姿は「餓鬼」そのものである。その日顕の汚い成金根性が宗門を食いつぶそうとしている。そのいい例が、日顕が見栄のために作った「法教院」だ。
 宗門には、現在、約二百五十名の無任所教師がいる。そして、「法教院」を存続させるため、毎年二十名弱の得度者を受け入れている。
 宗門に幻滅して還俗する者を差し引いて、毎年、十五名の教師が誕生するとする。そして、かつて日顕が言っていたように、平均五名の住職が亡くなり、五名が住職になると計算すると、毎年、無任所教師が十名ずつ増えることになる。すると、十年後には無任所教師が三百五十名になる。
 住職等のポストは約六百五であるから、住職と無任所教師の比率から言えば、教師のうち三人に一人が無任所教師ということになる。

●三十年後に、半数が無任所教師ということも

 さらに、三十年後には無任所教師は五百五十名に、五十年後には七百五十名になり、全体の半数が無任所教師になる。恐ろしいことに、それ以降は、教師よりも無任所教師が多くなっていくのだ。
 ただし、これは今ある末寺が存続するという条件での計算だ。宗門の信徒である法華講は高齢者が多く、三十年後には、信徒数は激減し、末寺も廃統合されて、五百ほどになっているかもしれない。そうすると、すでに三十年後には、教師の半分が無任所ということも十分に有り得るのだ。
 
 おそらく、日顕の死後、「法教院」は閉鎖されるであろう。そうしなければ、宗門自体が潰れてしまう。そして同時に、日顕ファミリーの栄華もいつまでも続かないであろう。ファミリー以外の僧侶たちが、いつまでも黙っているはずがない。(編集部)

記事一覧

新改革通信 90号  (2008/8/30)

新改革通信 89号(2008/7/5)

新改革通信 88号(2008/7/5)

同盟通信 No122(2008/7/5)

新改革通信 87号(2008/6/13)

新改革通信 86号(2008/6/13)

同盟通信 No.121(2008/5/11)

同盟通信 No.120-2(2008/5/3)

同盟通信 No.120-1(2008/5/3)

同盟通信 No.119-2(2008/5/3)

同盟通信 No.119-1(2008/5/3)

新改革通信 85号(2008/5/3)

新改革通信 84号(2008/5/3)

新改革通信 83号(2008/5/3)

新改革通信 82号(2008/5/3)

新改革通信 81号(2008/5/3)

新改革通信 80号 (2008/5/3)

新改革通信 79号(2008/5/3)

新改革通信 78号(2008/5/3)

新改革通信 77号(2008/5/3)

新改革通信 76号(2007/11/29)

新改革通信 75号(2007/10/17)

同盟通信 No117 -2(2007/10/14)

同盟通信 No117 -1(2007/10/14)

新改革通信 74号 (2007/9/13)

新改革通信 73号(2007/7/20)

新改革通信 72号(2007/7/11)

新改革通信 71号(2007/7/11)

新改革通信 70号(2007/7/11)

新改革通信 69号(2007/7/11)

新改革通信 68号(2007/5/12)

新改革通信 67号(2007/4/10)

新改革通信 66号(2007/2/18)

新改革通信 65号(2007/1/2)

新改革通信 64号(2006/12/31)

新改革通信 63号(2006/12/12)

新改革通信 62号(2006/12/1)

同盟通信 116(2006/11/15)

新改革通信 61号(2006/10/12)

新改革通信 60号(2006/9/19)

新改革通信 59号(2006/8/4)

新改革通信 58号(2006/6/26)

新改革通信 57号(2006/6/20)

新改革通信 56号(2006/6/26)

新改革通信 55号(2006/6/26)

新改革通信 54号(2006/6/20)

新改革通信 53号(2006/6/20)

新改革通信 52号(2006/4/27)

新改革通信 51号(2006/4/04)

新改革通信 50号(2006/3/31)

新改革通信 49号(2006/3/30)

新改革通信 48号(2006/2/15)

新改革通信 47号(2006/1/20)

新改革通信 46号(2006/1/19)

新改革通信 45号(2006/1/18)

新改革通信 44号(2006/1/17)




Program by Making CGI
center