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◆新改革通信 目次◆

松岡幹夫氏文書一覧

●新改革通信(22〜43号)

●新改革通信(44〜52号)

大石寺の桜伐採の写真

◆同盟通信(104〜112号)


[50]TITLE:同盟通信 No.120-2  2008/5/3   
name:管理人


 「流浪の身になり粥をすす」る覚悟を披歴した直後、東京・目黒の「大石寺出張所」に名を借りた20億円のプール付き大豪邸の建設計画が発覚。直後、衆目を気にしてか、計画は中止になったのである。隠尊はその後も、自身の放蕩・豪遊癖は棚に上げ、宗内に緊縮財政を強いた。しかし、平成4年4月には、奥湯河原の高級温泉旅館でのファミリー挙げての豪遊が発覚。隠尊は、さすがにマズいと思ったのか、直後の宗務支院長会議の席で「これからは、ちゃんとやりますから」と釈明した。

 しかしそもそも、隠尊がその後も、「ちゃんとやってこなかった」ゆえに、今の宗門の末期的な惨状があるのである。隠尊は相変わらず豪遊を続け、"金食い虫"の法教院を見栄から維持し続け、松濤、等々力には総額36億円も費やして豪邸を建てた。一方で、達師の事跡をこれ身よがしに次々と壊し、あの正本堂までも約50億円もかけて破壊し、わざわざ末寺・信者から約200億円も集めて奉安堂を建てた。この狂気の沙汰の陰で、多くの寺が貧窮を強いられてきたのである。

身内贔屓の"特別人事"も露骨である。8年前には、息子・信彰を大修寺から都内有数の大寺院・妙國寺に"栄転"させ、孫娘の婿・今野倍圓を31歳の若さで静岡・宣正寺の住職に、同じく孫娘の婿で29歳の鈴木信福を千葉・正願寺の住職に据えた。最近でも、やはり孫娘の婿で38歳の木村信龍が、正信会から返ってきた世田谷区・善福寺の住職に、衛坊の住職経験すらないにもかかわらず抜擢された。しかも、法道院所属の信者まで株分けしてもらうという厚遇ぶりである。一方、本山では300人近くもの無任所教師がひしめき合っているのだ。

 今や「流浪の身になり粥をすす」りつつあるのは、黙ってついてきた末寺のほうである、隠尊とそのファミリーは、いかに宗内の財政が逼迫しようが、常に安全地帯にいて高笑い。相変わらずの裕福な暮らしを満喫できるのである。政子夫人にしても、あの"買い物ツアー"がバレてから少しは慎ましくなったかと思いきや、今でも、わざわざ新幹線に乗って京都の老舗まで「豆腐」を買いに行くというではないか。

 末寺の住職なら、ひとたび、信者から苦情の投書があった場合、それがたとえ「讒言」であったとしても、問答無用の査問を受けた後、処分が待っている。昨年だけでも、4人が血祭りに上げられた。一方、隠尊を始めとしたトップとその取り巻きはどうなのか。「ちゃんとやりますから」とペコリと頭を下げるだけで、すべては不問に付されるのである。これほどの不条理、不公平があるだろうか。

 前号の「同盟通信」では、2月の記念局会議で発表になった事業計画の見直し内容も伝えた。つまり、当初、平成21年度で終わりと言われてきた記念局の事業が26年度にまで延長され、総事業費が110数億円から170数億円に跳ね上がったという、新たな「収奪計画」である。これも、末寺住職の心肝を寒からしめている。

 同盟の調査によると、元朝・新年勤行会の参加者数は年々滅ってきている。また、本年の元朝・新年勤行会の延べ参加者数がひと桁だった寺は、全国で10数力寺、20人に満たなかった寺は全末寺の1割に当たる50数力寺もあった。今、「プレ大会だ」「予行演習だ」と狂ったように結集に躍起になっているが、寺に集まってくる信者は確実に減っているのだ。にもかかわらず本山は、容赦なく末寺の頭越しに信者の供養を吸い上げようというのだから、最下級の30等級の末寺からバタバタ倒れていくのは時間の問題であろう。

河辺慈篤師が鬼籍に入って5年がたった。「陰の総監」と言われた師は、末寺の窮状をよく認識していた。「殆どの寺院が預金を取り崩して宗費を納めている。預金が無くなったら、宗門の年間予算はどうするのか」「今、非常灯を消している寺院がある。もし災害等に遭ったらどうする。国家の保証だって無いはずだ。電気、施設、建物の耐用年数が来る。どうするのか。車の買替、子供の教育費等、困っている人多い。この実情、上の者、何にも分かっていない。どこ吹く風で居る」「月1万に満た無い寺もある」「信徒から借金している寺もある」と、例の「河辺メモ」に記している。事実、北海道・池田町の長円寺住職だった中村道史師は、寺の経営が破綻し、宗門から追放され、還俗したが、今後このようなケースが頻出していくに違いない。

 直言、諌言によって宗門の行く手を軌道修正してきた河辺師に代わって、誰が、隠尊、日如猊下・執行部を諌めるのか。今、建て直しに手をつけなければ、数十年、否、十数年後には、宗門は消滅しているかも知れない。そんな状況を招いた張本人こそ、隠尊である。

 隠尊も齢85。達師を慕い、隠尊の「戦争責任」を追及しかけた光久師に共感する者の間では、隠尊没後の「除歴」の必然性が真剣に語り合われている。
                           (憂宗護法同盟員より)

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