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[30] 2007/7/11 TITLE:新改革通信 72号 お名前:管理人

新改革通信 72号 平成19年6月21日発行   

日顕宗は日顕の「コンプレックス」の産物(4)
法道院を手中に収めた日顕の権力欲は自滅するまで続く


コンプレックスから逃れるために、絶対的権威を求める日顕は、法主になっても安心はできなかた。なぜなら、阿部家は宗門の閨閥では大きなものではない。最大の閨閥は早瀬家である。だから、日顕は、わざわざ、娘を早瀬家に嫁がせて、自分の勢力を安定したものにしようとした。
また、早瀬家は五十六世日応法主の血を受け継ぐ。日顕の父・日開も日応門下である。だから、阿部家は早瀬家に対して、劣等感を持っている。日顕は、その劣等感を早瀬家との縁戚という形で払拭しようとしたのである。

●法主の地位の代わりに、法道院を失った日如

早瀬日如は法主の地位を手に入れたが、同時に法道院を失った。これは早瀬家にとって、致命的な損失である。なぜなら、法道院は宗内最大派閥の「法器会」の中心寺院であったからである。
日顕が密かに恐れていたのが、この「法器会」の存在である。日達法主の弟子の派閥「妙観会」は、正信会問題で分断され、事実上、力を失った。宗内僧侶の数で言えば、日顕の弟子が一番多い。ところが、日顕の弟子はまだ若い。五十代前後の宗門中堅は「法器会」と「妙観会」が占めている。特に、本山の宗務院や全国の支院長クラスに「法器会」が多いのだ。
日顕は自分が法主の時には、早瀬家と縁戚になり、彼ら「法器会」を権威で封じ込んで来たが、日顕の死後を考えると、大きな不安材料である。
日顕としては、自分の弟子に法主を継がせたがったが、息子の信彰では「妙観会」や「法器会」が反発する可能性がある。それは、一番弟子の八木でも同じで、宗内を抑えるには力不足である。
そこで、日顕は思い切って、早瀬を指名した。早瀬であれば、「法器会」は当然のこと、「妙観会」も抑えることができる。そして、何よりの好条件は、早瀬の後継者問題である。日如の長男は役に立たないし、次男は還俗している。日如には有望な後継者がいないのである。
だから、周りを八木と信彰で囲んでしまえば、早瀬家も恐れるに足らずと日顕は考えたのであろう。しかも、八木を法道院に入れれば、「法器会」そのものを弱体化できる。一挙両得である。

●「法器会」の分断を狙う日顕

早瀬百合子の娘、すなわち日顕の孫娘と結婚した木村信龍が世田谷・善福寺に入った。まだ若手の木村が都内の寺に入るなど、今までの宗門の慣例ではあり得ない。明らかに、娘の百合子と孫娘を東京においておくための人事である。
問題は、そこで終わらなかった。善福寺は正信会から返還された寺院のため、正信会信徒は正信会の別な寺院に移った。だから、信徒がいないのである。そこで、法道院の「正蓮講」が移ることになったのである。
今までの例では、法道院から「法器会」に所属する寺院に信徒を移すことはあった。しかし、今回は、日顕の弟子の寺に移したのである。これは八木が法道院の主管だからできたことであろう。日如は法主という立場から、今までのように「法器会」だけに肩入れすることはできない。だから、認めざるを得なかったに違いない。
しかし、これは見方を変えれば、「法器会」の解体の第一歩とも言える。日顕は阿部一族の安泰のために、次の手を打ち始めたのかもしれない。

●日如が法主でも、実態は日顕体制

現法主の日如は単なるお飾りである。総監の八木と庶務部長の信彰は、重大な案件はまず、日顕に相談する。そして、そののちに、日如に報告する。日如もそれを知っているが、何も言えない。「法器会」の拠点を失った、今の日如には、八木や信彰に対抗するだけの後ろ盾がないのである。
ここまでは日顕の思う壺である。が、しかし、問題は次期法主、六十九世である。日顕の構想はこうだ。 時期を見て、信彰を総監にする。そうすれば、日如が総監から法主になったように、信彰が六十九世となる。そして、信彰を日顕の弟子たちが支える。
しかし、果たしてそう、うまくいくか。無能な信彰が、宗内を本当にまとめることができるのか。現宗門の誰もがそれは認めることであろう。日顕の不安は生きている限り、続くことになる。

今まで見てきた通り、日顕の人生は、出生から今に至るまで、コンプレックスに支配されていることがわかる。父・日開から始まり、池田名誉会長と創価学会、そして、宗内における立場においてまで、すべてがコンプレックスのもとになっている。そして、同時に、日顕にとってはそのすべてが嫉妬と怨念の対象でもあり、その怨念を晴らすために生きているようなものだ。
しかも、日顕は絶対的安定を欲するあまり、自分の派閥を強化し、対抗勢力を排除するという行為を繰り返して、際限なく権力を求め続けている。その欲望がコンプレックスから生まれているため、終わりがないのである。おそらく、その欲求は自滅するまで続くであろう。
日顕が学会を破門した時から、宗門の運命は決まったと言える。このままでは、日顕の怨念は信彰に引き継がれ、信彰は邪魔者を排除しながら、権力を求め続ける。そしてその暴走は宗門が破滅するまで止まらないということだ。
大聖人云く、「修羅は日輪を射奉れば頭七分に破る」と。これは修羅の生命、コンプレックスが身を破滅させるということを示唆されているのであろう。
そして、最後には宗内僧侶一人一人の信心が問われるということを肝に銘じておくべきである。(終わり。編集部)
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