コメントを付ける

[40] 2008/5/3 TITLE:新改革通信 79号 お名前:管理人

新改革通信 79号 平成十九年十二月二十三日発行
発行元 : 日蓮正宗改革同盟

日蓮正宗の「再生」の道を放棄した日顕の大罪!
創価学会出現以前の宗門は、「死に体」だった(三)

 日顕の父、日開こそ、近代の宗門を混乱に陥れた張本人であると言っても過
言ではない。
事実、日開による「日柱法主引き落とし事件」は、宗門内の派閥争いで収まら
ず、文部省や警察を巻き込む大事件に発展した。
 そして、その恥ずべき事件は、当時の新聞で報道され、世間の知ることとな
ったのである。

●怨念に取り憑かれていた日開

 大正十四年(一九二五年)十一月十八日から、大石寺において宗会が開かれ
た。この宗会の初日に、二十六名の僧侶が秘密裏に日柱法主を追い落とすため
の「誓約書」に署名していた。

 その「誓約書」は、「現管長日柱上人ハ私見妄断ヲ以テ宗規ヲ乱シ、宗門統
治ノ資格ナキモノト認ム、吾等ハ、速カニ上人ニ隠退ヲ迫リ宗風ノ革新ヲ期セ
ンカ為メ、仏祖三宝ニ誓テ茲ニ盟約ス」との一文から始まり、八項目にわたっ
て日柱法主への批判が書いてある。

 そして、その四番目に「阿部法運ニ対シ強迫ヲ加ヘ僧階降下ヲ強要シ」とあ
る。
 阿部は、この宗会の約四カ月前に日柱法主より処分され、総務の職よりはず
されただけではなく、能化より降格されていた。

 能化の地位を失うということは、管長候補者としての資格を失うことを意味
していた。この阿部の処分は、日蓮宗系の学者であった清水梁山との問答で、
阿部が失態を演じたことが原因であった。

 日柱法主の退座理由に阿部の処分問題が挙げられているということは、この
「誓約書」の作成に阿部が大きく関与していたという証左である。

 日開が、自分を処分した日柱法主に対して、怨念を抱いていたであろうこと
は想像に難くない。

● 日開らは、法主を三宝に入れていなかった

 この「誓約書」を読んで分かる通り、当時は法主を批判するのに、「仏祖三
宝ニ誓テ」いる。すなわち、法主は三宝に含まれていなかったということであ
る。

 日顕らは、盛んに「法主は三宝の一つであり、法主批判は三宝破壊」と叫ん
でいるが、その論法で言えば、誰よりも日顕の父・日開こそ、三宝破壊の者に
なってしまう。

 日顕が、自分たちに都合の良いように、三宝の定義をコロコロ変えるから、
自分だけでなく、父親の首を絞める結果になるのだ。

●新聞で「脅迫事件」と報道される

 宗会は「誓約書」の筋書き通り、二十日に突如、日柱法主の不信任を決議し
て、辞職を勧告した。同時に日柱法主への嫌がらせも行われ、十八日の夜半、
客殿で勤行中の日柱法主に対して、ピストルのような爆発音をさせて威嚇した
り、客殿に向かって瓦や石を投げつけた僧侶がいた。

 蓮正寺住職河田がその事実を自供したことが、当時の『朝日新聞・静岡版』
(大正十五年二月二十日付)に書かれている。

 大石寺の脅迫事件 取調大に進行
 日蓮正宗大石寺管長脅迫事件の取調べは大いに進行し大石寺の最高幹部の僧
侶十三名は夫々大宮署に召喚十八日深更まで取調べ 身柄は一時放還されたが
大宮署では有力なる証拠を握つたらしく更に十九日には柚野村蓮正寺住職河田
正平(二六)を召喚取調べたが その結果昨年十一月十八日夜半前管長土屋日
柱師が本殿にて勤行中ピストルやうの爆音をさせたり本殿に向つて瓦石を投げ
つけたことなどを自供したので 共犯関係にある大石寺宗務院加藤慈忍(二
二)をも同日午後引致し 教さ関係について取調べ中で事件は各方面に波及す
るや大石寺問題は遂に破裂訴訟ざたとなるうである

 結局、日柱法主は二十二日に辞表を書き、当時の宗会議長であった小笠原慈
聞ほか三名が同日にその辞表を文部省に届出。届出の手続きは二十四日に完了
し、次期法主は「誓約書」にある通り、堀日亨法主とされた。

● 檀家が宗会の退座要求は不当と訴える

 ところが、大石寺の檀家総代らが、自分たちに何の相談もなく事が進められ
ていたことに怒り、二十七日の早朝、三名の代表を文部省に行かせて、宗会の
退座要求が不当であると、陳情を行ったのである。

 文部省宗教局は、檀家総代らの陳情に基づき、二十九日、三名の僧侶を召喚
した。そして、宗教局長はこの三名の僧に対し、
「貴僧等は社会を善導教化すべき責任の地位にありながら今回の暴挙を敢て為
すは何事か」(『静岡民友新聞』大正十四年十二月三日付)

 と厳しく追及し、十二月一日までに、日柱法主に対する不信任決議書と辞職
勧告書を回収して、文部省に提出するよう命令したのだった。

 帰山した三名は日柱法主に対し、二通の書面の返却を懇請したが、書面はす
でに檀家総代の手に渡っていた。大勢は逆転し、宗会側僧侶三名は、日柱法主
と上野村村長の立ち会いのもと、詫び状を檀家総代に提出し、やっとのことで
二通の書面を返却してもらった。

 宗会議員たちは十二月二十四日に管長の交替を文部省に届け、五十九世法主
は日亨上人に決まった。しかしここから、大石寺は二つに分かれ、泥沼の争い
が始まる。

 これが、創価学会出現以前の宗門の実態である。とても、日蓮大聖人の正義
を受け継いでいる姿とは思えない。さらに、事態は、信徒を巻き込んで、悪化
していく。(続く)
お名前
E-mail
投稿内容
URL


Program by Making CGI
center