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◆新改革通信 目次◆

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●新改革通信(22〜43号)

●新改革通信(44〜52号)

大石寺の桜伐採の写真

◆同盟通信(104〜112号)


[14]TITLE:新改革通信 57号  2006/6/20   
name:管理人


新改革通信 57号 平成18年6月18日発行

「伽藍仏教」と化した日顕宗の終焉(五)
〃他宗に比べて宗門は規模が小さい〃と嘆く日如

日如は日顕宗二世として、日顕のやってきたことをそのまま踏襲している。隠居した日顕とその弟子の八木、そして息子の信彰が目を光らせているから、不本意であっても、日顕の意向を優先するポーズが不可欠なのである。
それでも日如が日顕と違う点が一つある。それは宗門と他宗門を比べていることだ。四月十九日、本山で全国正副支院長会議が行われたが、そこで話題になったことは「身延三百八十万人、念仏一、九〇〇万人と他宗に比べ宗門は規模が小さい」ということだった。また、寺族同心会での目通りで日如は「同心会のようなものは他宗にはないものです」と、やはり他宗門との違いを述べている。

それに比べて日顕は自分の派閥のことしか頭にない。日顕は寺族同心会のあと、徒弟会を大書院で行い、〃徒弟会が書院一杯にならなかったな〃と愚痴をこぼした。そもそも、日顕は一昨年の一月「私は今日に至るまで『会』というものを指導して、作っておりません」「徒党を組むようなことを一切忘れてやっていきたい」と、徒党や派閥を作らないことを宣言していたではないか。しかし、実際には日達法主の弟子の集まりである「妙観会」や早瀬系の「法器会」をけん制するために「徒弟会」を強化しようとしている。
また、日顕の息子の信彰は、同心会の最後に長々と注意事項を述べた。内容は〃外部での講演とか、本の出版等については、教学部に連絡せよ。寺の改装については、本山の了解を得てからにせよ。宗務院から徹底されたことを遵守せよ〃などという、内部の締め付けである。信彰も他宗門のことなど眼中になく、八木・信彰体制の強化、すなわち次期法主への基礎固めに必死である。

こうした日顕親子に比べれば、まだ日如の方が客観的に宗門を見ていると言えるだろう。いくら、〃我々こそが正統だ〃、〃血脈は大石寺にしかない〃と喚いても、他宗門に相手にされない弱小教団では単なる「井の中の蛙」でしかない。
ただ、だからといって、日如がまともな法主とは言えない。日如が客観的に宗門も見ることができるのは、日如がすでに、あきらめの境地だからだ。
つまり、日如には後継者がいない。だから、〃どうせ、俺はつなぎの法主でしかない〃と現実を悟っているのだ。もし、日如に後継者がいれば、日如も日顕親子に対抗するため、「法器会」の強化に奔走していたことであろう。(続く)

[11]TITLE:新改革通信 54号  2006/6/20   
name:管理人


新改革通信 54号 平成18年6月15日発行

「伽藍仏教」と化した日顕宗の終焉(二)
供養を押し付け、信徒を蹂躙する出家の傲慢こそ一凶

破壊王日顕は登座して以来、本山の伽藍を〃壊しては作り直す〃という狂気じみた行為を繰り返した。そのたびに、日顕は「地震対策」を口実にしてきたが、本当の理由は違う。
日顕には血脈相承を受けた証拠がない。だから、日顕は本山の伽藍を破壊することによって、自分の力を誇示して宗内の批判を封じて来た。と同時に法主の地位を既成事実化しようと企んだ。
また、日顕が伽藍にこだわったのは、伽藍を作れば、自分の名を宗史に残せると考えたからだ。先師・日達法主の時代に建てられたものはすべて壊すつもりであったに違いない。そうすれば、日達法主の功績を事実上、なかったことにできる。日達法主の名前の上に自分の名を刻む。日顕にすれば、〃一挙両得〃の名案だったに違いない。

日顕が伽藍にこだわる理由はもう一つある。それは、信徒に多額の供養を出させることによって、宗門に帰属する意識を強化するためだ。
日顕のやり方は実にあくどい。僧俗差別を土台にして法主絶対の思想を吹き込んで、信徒を無力化させておいて、本山に行けば功徳がある、供養を出せば救われると教える。それを真に受けた信徒たちは、生活を切り詰めて供養に励む。しかし、それでも功徳がなければ、今度は〃信心が足りないからだ〃と信徒を責める。あげくの果てに、〃脱講したら、地獄に堕ちる〃と脅す。
やがて宗門の毒気を吸った信徒は正気を失ったように、宗門から離れられなくなり、供養を出し続ける。特に高額の供養をした者ほど、宗門に対する依存度が高くなり、深みにはまってしまう。日顕らはこのような人間の持つ弱さを利用して生きているのだ。

今回の「御供養趣意書」には「御影堂を、耐震を配慮して早期に大改修し、後代に悔いを残さぬようにすることは、平成の時代に生きる私たち僧俗の責務であります」とある。
彼らは都合の良い時にだけ、「私たち僧俗」と和合を強調する。しかし、彼らが言うところの「僧俗の責務」には、はっきりとした差別がある。〃僧侶の責務〃とは〃供養を集める責務〃であり、〃供養する責務〃ではない。あくまでも、〃供養するのは信徒の責務である〃というのが彼らの本音である。
次から次へと供養を押し付け、信徒を蹂躙する日顕・日如らの出家の傲慢さこそ、責められるべき一凶である。(続く)

[10]TITLE:新改革通信 53号  2006/6/20   
name:管理人


新改革通信 53号 平成18年6月14日発行

「伽藍仏教」と化した日顕宗の終焉(一)
「御影堂」と「三門」を間違えた「御供養趣意書」の杜撰さ


宗門は四月二十八日付けで、立正安国論七百五十年記念事業の一環である御影堂改修についての「御供養趣意書」を、信徒用も含めて宗内に発送した。ところが、二十九日になって急遽、〃この「趣意書」を回収する〃との連絡を流した。そのため、宗内には〃もしかしたら、供養が中止になったのではないか〃という期待感が漂った。
しかし、そうではなかった。翌三十日、宗門は「趣意書」の回収の理由として、文面の中に御影堂に使われた材料について述べた箇所である「今日では入手不可能な富士山の巨木を用いて」の部分が間違いであり、それを削除するためであるとする文書を宗内に配布した。
これは明らかに、「御影堂」と「三門」を間違えたものである。「三門」は徳川家宣が富士山の巨木七十本を寄進して作られたものである。つまり、「入手不可能な富士山の巨木を用いて」建てられたのは「御影堂」ではなく、「三門」である。一体、誰が間違えたのか。全くもって恥ずかしい。実に初歩的なミスである。
〃「安国論七百五十年」の行事だ。一世一代のチャンスだから供養しろ〃と散々、騒いでおきながら、「供養趣意書」にこのような初歩的なミスをする。あまりにも杜撰である。つまりこれは、供養を出させることが先にあって、その理由を後からつけたことを物語っている。供養を出させるためなら、伽藍であれば「三門」でも「五重塔」でも、何でもいいということなのだろう。
 しかも、この「趣意書」の回収を命じた文書には、「御影堂」と「三門」を間違えたことには一切、触れていない。沽券にかかわるからだ。そして、日如らは、こんな初歩的なミスを犯した文書を宗内に残せば、後世の恥になると恐れたに違いない。その証拠に、五月三日に再度、「趣意書」の回収を指示したファックスを末寺に流すという念の入れようであった。

釈迦仏法は、時代を経るごとに形骸化し、「大集経」に説かれた「後の五百歳」の中の多造塔寺堅固に至って伽藍仏教と化した。仏法が力を失い、人々を伽藍でしか惹きつけられなくなったのだ。大聖人は、民衆救済を忘れた伽藍仏教に対して、「堂塔・寺社は徒に魔縁の栖と成りぬ」(御書全集 一四四一頁)と厳しく破折されている。
日顕は登座以来、自分の名を残すために「魔縁の栖」に心を奪われた。そして、日如もそのあとを継承している。宗門は大聖人から破折された「魔縁の伽藍仏教」と化している。(続く)

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