日蓮正宗問題研究
6
平成の宗教改革を知るための「資料集」1

創価学会の「友人葬」を考える

今年も、旧盆の時節を迎え、日ごろは宗教に無関係と思っている人も、先祖の墓参りや法要などを通して改めて仏教徒であることを実感する機会になっているのではないでしょうか。そこで今回は、創価学会が提唱している「友人葬」を取り上げ、仏教本来の葬礼の在り方を考えてみたいと思います。

「僧侶は葬儀などやるな」

現在、創価学会では、僧侶に依存してきた葬儀の在り方を見直し、故人の葬送を知人、友人らが真心こめて行う、いわゆる「友人葬」を進めています。この試みは、儀式化、高級化の弊害が叫ばれてきた従来の葬儀に一石を投ずるものとして、社会の注目を集め、有識者からも高い評価を得ております。

私ども「日蓮正宗改革同盟」「青年僧侶改革同盟」も、この運動に全面的に共鳴し、賛同しております。というのも、「友人葬」は仏教本来の精神に立っていると考えるからであります。

原始仏典には、釈尊の教えとして「僧侶は葬儀などやるな、自分の修業につとめることだけをせよ」という趣旨の戒めが随所に見られ、僧侶にとって重要なのは葬儀の執行などではなく、自らの悟りへの精進であることが何度も強調されております。また日蓮大聖人も、生涯、民衆救済に奔走され、自ら信徒の葬儀に立ち会われた記録はどこにも残っておりません。

ここからすれば、葬儀に僧侶を呼ぶこと自体が、本来は仏教の教え・精神とは全く無関係であって、あくまでも後世に始まった日本独特の風習にすぎないと考えられるのであります。


貧困な“僧侶にすがる仏教”観

では、その淵源はどこにあるのでしょうか。

現代の日本人の意識には、何世代にもわたって形成された特殊な仏教 観が深く根を下ろしています。その仏教観を一言でいえば、

日本古来の「タタリ信仰」を基幹とした“僧侶にすがる仏教”観といえるでしょう。

仏法本来の教えは、 幸福も不幸も、その原因は全て自分自身の内にあり、全ての出来事は宇宙と生命を貫く「因果」の理法に則っている、というものでした。そこに僧侶が介在する余地はないのです。

ところが、日本の仏教は、江戸時代に大きな変質を遂げます。「檀家制度」という宗教政策の確立とともに、寺院は戸籍係と宗教儀式の執行者としての役割を果たすようになりました。こうして幕府は寺院を通して民衆支配を行い、寺院は私腹を肥やすために供養を貪ろうとしました。そのために僧侶は事あるたびに庶民に「僧侶を呼ばない仏事では、死者が浮かばれない」との観念を植えつけ、仏教を今日のような「タタリ封じ」の宗教へと変質させていったのです。

死後戒名や回忌法要をはじめ今日残っている様々な儀式も、この時代に寺院が考え出したものです。こうしてわが国の既成仏教は、「生きた人間の救済」という仏教の原点から外れ、信徒の災厄につけこんで収入を得る“宗教乞食”に成り果てたのです。

現代では「坊主と乞食は三日やったら止められない」という言葉に見られる通り、仏教各宗派は最早、利潤を追及する“宗教儀式サービス業”に堕してしまったと言っても過言ではありません。


平成の宗教改革を目指して

残念なことに、わが日蓮正宗も、宗教的情熱に燃えた一時期はあったものの、大勢は同様の道をたどっていきました。近年の日蓮正宗の僧侶の言動には、儀式サービス業としての“面目躍如”たるものがあります。

「葬式に坊さんを呼び、戒名をもらわないと『仏』になれない、成仏しない」「回忌に法事をしないと故人は迷う」「塔婆供養しなければ、先祖のタタリで不幸になる」。このような論理によって僧侶たちは信徒である学会員を不安に陥れ、そこから多額の供養を取ってきたのです。これは最早、宗教的権威をカサに着た一種の“脅迫”であり、仏の慈悲の教えとはまったく対極に位置するものです。

その意味で、いま学会が提唱している「友人葬」は、僧侶に独占されてきた葬儀を、仏教本来の人間的で温もりのある葬礼へと再生させるための重要な試みであります。昨今、話題を呼んでいる「散骨」の運動、また無宗教での「自然葬」「音楽葬」が注目される背景には、既成仏教への幻滅があるといわれますが、心ある識者も指摘している通り、「友人葬」は停滞した仏教界に大きな波紋を与えていくことは間違いありません。

私たちも、かつて日蓮正宗内部にあって、こうした実態をつぶさに見てまいりました。いま、一部の聖職者の独占物にされた宗教を民衆の手に取り戻す学会の「平成の宗教改革」の運動こそ、仏教の原点ともいうべきヒューマニズムを回復する運動であると、心から賛同しております。


今回の「日蓮正宗問題研究」第6号は、「平成の宗教改革」を知るための資料として次の二つを送付させていただきました。その内容を簡単に紹介します。

ビデオ「これからの葬儀 友人葬」 シナノ企画 制作
めまぐるしく変化する現代。そこで葬儀の問題が改めてクローズアップされています。このビデオでは、実際の「友人葬」の現場を紹介しつつ、有識者や本同盟僧侶のインタビューも交え、葬儀のあり方に革命を起こしたといわれる「友人葬」ついて平易に解説しています。
「グラフ特集 日顕宗の実態」(U) グラフ特集 日顕宗の実態 編纂委員会著
前回、お届けした「グラフ特集 日顕宗の実態」の続編。聖職者を装う日顕法主。その仮面の下に隠された素顔は、希代の二枚舌、二重人格の人格破綻者だった−−。今号は、「日顕宗のウソ」に焦点をあて、様々な場面でカメラが捉えた日顕法主の実像を紹介しています。

※前号に引き続き、私どもが随時発行しているFAX紙「改革時評」の中より、「友人葬」に関連した記事を同封いたしました。参考に御一読頂ければ、幸いです。


 

前へ<<     >>次へ