(『新改革通信』号外)
完勝報告と改革宣言――日顕邪義班の敗北通知書≠受けとって
日蓮正宗青年僧侶改革同盟 松岡 幹夫
先日、富士宮の清流寺にて、自称「日蓮正宗青年僧侶邪義破折班」からの一月二十四日付「通告書」を受け取った。阿部日顕の代筆者である邪義班は、ついに私との法論に完全に行き詰まった。そして、「今後、汝からの『質問』なるものには一切応接しない」と力なく語り、惨めにも敗北の遁走を試みたのである。
また一月二十七日には、日蓮正宗宗務院が「お知らせ」を出した。そこで改めて、今後、宗門としては私(松岡雄茂)の言論に一切手を触れない旨を表明し、宗内一般に周知せしめたのである。
約一年の長きにわたり、都合四往復にも及んだ私と日顕との法論は、当方の完全勝利をもって決着した。本年初頭に私が出した『阿部日顕への公開質問状(七〇項目)』が最後の決定打となり、阿部日顕はもとより、陰で文書作成にかかわった阿部信彰や水島公正、そして邪義班の面々は、揃って経文に言う「口則閉塞」の現罰の姿をさらしたのである。御本尊の問題や相承の大事にも触れた、七〇項目の公開質問に一つとして答えられず、一方的に法論打ち切りを通告してくる――誰がどう見ても、日顕側の遁走であり敗北である。
日蓮正宗の関係者各位に対し、ここに松岡雄茂の完勝、阿部日顕の完敗を堂々と報告する次第である。併せて今後、一段と宗門改革のための言論活動に邁進し、宗門内のあらゆる人々に正義と真実を訴えつつ、その覚醒を促し続ける所存である。
日顕一派に告ぐ。今回の、私への「通告書」及び宗内への「お知らせ」の内容を必ず守ることだ。今後は一切、宗門人に向けた私の啓蒙・覚醒の運動に無用な口出しをすることを厳禁する。
私はまず、この一年間における日顕との問答記録を総括したい。日顕最晩年の哀れな醜態を後世の歴史にとどめ、宗内外の心ある人々にも冷静な判定を仰ぐつもりである。加えて、ひとえに宗門改革のため、今の宗門の教義が、いかに捏造的で逸脱に満ちているか、を詳細に論証する書も作成中である。
なお、無責任な功名心の輩からの挑発に応じている暇など、当方にはない。卑怯者は、七〇項目の質問から逃げ回っている日顕である。もし日顕本人が全質問に答える気なら、喜んで法論しよう。
今後とも、自由に宗内の良識に語りかけ、大謗法と暴虐の限りを尽くして宗門を破壊した偽法主・日顕の擯斥・除歴を目指していく覚悟である。
以上をもって、私の完勝報告と改革宣言とする。
平成十八年二月一日
松岡 雄茂
関係各位 殿
付 記
今回、日顕一派が私に送付した「通告書」の内容はひどい欺瞞に満ちているので、少々指摘する。
(日顕一派の「通告書」から@)
「汝の『質問』とはいずれも名ばかりのもので、その実質は質問に藉口した低劣な誹謗中傷でしかない」
* 私が出した七〇項目の『阿部日顕への公開質問状』の内容は、およそ事実を確認するためのものだった。その内容を「低劣」などというのはお門違いである。実際には日顕らの行為が余りに「低劣」なので、その事実関係を確認した私の質問も、仕方なく低劣な問題にかかわったのである。
前代未聞の十億円豪邸に「隠居」し、妻の数億円の散財は放置。自らも芸者遊びなど、供養を浪費して豪遊三昧にふける。肝心の法務はなおざり。信徒の遺骨を米袋に入れ、湿った地下室に放り投げる。不公平な血族人事は、やり放題。堕落も目をおおうばかりだ。重役の藤本が脱税事件を起こしても処分なし。大坊の学生にマンガを自由に読ませる「修行」の実態。日顕の孫は、得度早々に万引きを犯した。他の小僧も外で万引きを繰り返し、大石寺近郊の地域問題となる始末――。
こうした呆れ返った「低劣」な状況を見て、宗門改革のためにやむにやまれぬ心情で事実関係を問い質したのが、私の公開質問の数々であった。
繰り返して言う。私は、日顕宗の「低劣」ぶりを問い質したにすぎない。質問という行為自体は、宗門浄化という清廉な動機に基づくのである。
(日顕一派の「通告書」からA)
「汝の態度にはかつての師に対する一片の礼儀も節度も見られず……常軌を逸した恥ずべき姿といわなければならない」
*私は一九九二年春、同志とともに「日顕、悪いのはお前だ!」と日顕の面前で宣言して大謗法の大石寺を離山した。それから十四年も経った今頃になって「師」への「礼儀」「節度」を問題視し、法論打ち切りの理由にするとは笑止千万である。
私たち青年僧侶改革同盟は、この十四年間、「師なりとも誤りある者をば捨つべし」(『曾谷殿御返事』一〇五五頁)との御聖訓を体し、「鬼畜なんどと下しても其の過有らんやと意を得て宗論すべし」(『教行証御書』一二八二頁)との御教示のままに、大謗法の日顕を「鬼畜」と弾呵してきた。それを百も承知の上で、私の学術論文に対し、先に無礼勝手な口出しをしてきたのは日顕の方ではないか。敗北遁走の言い訳は見苦しいと知れ。
(日顕一派の「通告書」からB)
「我ら邪義破折班は……極力、誠意をもって対応してきたが……汝の行為は単なる嫌がらせであり……いわば宗教的ストーカーに過ぎないことが明確となった」
*ストーカーとは、脅迫じみた嫌がらせを行う者を言う。それに該当するのは、「堕在無間は確実」「汝も気をつけるがよい」などと執拗に私を脅迫し、罵倒し続けた日顕邪義班の方である。一連の往復文書をよく読めば、どちらを「宗教的ストーカー」と呼ぶべきか、は明々白々であろう。
しかし、汝の「質問」とはいずれも名ばかりのもので、その実質は質問に藉口した低劣な誹謗中傷でしかない。これは汝が、我ら日蓮正宗青年僧侶邪義破折班によって、その誤った法門を破折し尽くされた結果、悔し紛れにこのような行為に及んだものであることは、誰の目にも明白である。
汝はすでに僧籍を失い日蓮正宗とは無縁の存在となって久しいが、たといそうであっても、前御法主上人は汝にとってかつての師僧であり、汝は弟子であった。しかるに汝の態度にはかつての師に対する一片の礼儀も節度も見られず、ひたすら低俗な罵詈雑言を浴びせているものであり、およそ世俗の規範に照らしても常軌を逸した恥ずべき姿といわなければならないが、汝にその自覚すらないことを思えば、もはや哀れを催すしかない。
我ら邪義破折班は、これまで汝の愚問に対して都合四度に亘り、極力、誠意をもって対応してきたが、今回の「質問」を見るに及び、最早、我らがまともにとりあうべきものではなく、汝の行為は単なる嫌がらせであり、しかもこれを反復継続している点において、いわば宗教的ストーカーに過ぎないことが明確となった。汝のかかる反社会的行為にとりあうことは、却ってこれを容認し助長することにもなりかねない。