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新改革通信 109号  平成23年10月13日
発行:日蓮正宗改革同盟
 
宗門の想定外だった、日寛上人御書写の御本尊授与
歴代法主書写の本尊に「一機一縁」はない
 
 宗門は平成三年十一月二十八日に創価学会を破門にし、その二日後の三十日に、
学会員に対する「御本尊下付停止」を発表した。
 
 宗内の多くの僧侶は
「いくら創価学会でも、御本尊がなければ、音をあげて謝罪して来るだろう」
と考えていた。
 
●誰も想像していなかった中興の祖・日寛上人御書写の本尊の授与
 
 創価学会が栃木・浄圓寺にある日寛上人の御本尊を授与することを発表した時
に、宗内の僧侶のほとんどが、声をあげて驚いた。
 
 彼らが驚いた理由は、創価学会の授与の形式が、誰も想定していなかった、宗
門の古来からの〃通常の方法〃だったからだ。
 
「たしかに、昔は、東京の末寺が同じように、歴代法主の本尊を授与していた」
「寛尊の本尊では、何も言えないな」
これが大方の感想だった。
 
 しかし、日顕らは〃在家のくせに本尊を授与するとは、許せない〃と、僧俗
差別の感情から、躍起になって、攻撃材料を探し始めた。
 
●歴代法主書写の本尊に「一機一縁」はない。すべて大御本尊を書写したもの
 
 宗門は、創価学会が授与している日寛上人御書写の本尊は、時の浄圓寺住職に
与えられた「一機一縁」の御本尊であるから、それを形木御本尊にし、授与者
でない人々が拝んでも、功徳はないと言っている。
 
 しかし、この「一機一縁」理論は、まったくのねつ造である。
 本来、大聖人が顕わされた一閻浮提総与の大御本尊以外の御本尊は、特定の門
下に与えられたものなので、「一機一縁」の本尊と称する。すなわち、戒壇本
尊とそれ以外の本尊の違いを説明するために作られた言葉が「一機一縁」である。
 
 しかし、歴代法主の御本尊は、それが誰に授与されたにせよ、あくまでも戒壇
本尊を書写したものであり、すべて「一切衆生総与」の御本尊となる。
 
 たとえ、日寛上人が浄圓寺住職に与えた本尊であっても、大御本尊を写したも
のである限り、誰が拝しても功徳は同じである。もし、それを否定するのなら、
大御本尊否定である。
 
●本尊を脅しの道具に使い、大御本尊を貶める宗門
 
 「一切衆生総与」の大御本尊を書写した本尊を、信徒脅しに利用するために、
勝手に「一機一縁の本尊」と、貶める。これこそ、大謗法ではないか。
 
 日顕らは、信仰の根本である本尊を、信徒脅しに利用するから、本末転倒し
て、大聖人の教えに背いたことを言い出すのだ。
 
●御本尊を信徒の脅しに使ったのは、日顕がはじめて
 
 宗門の歴史を見ると、多大な供養をした者に、本尊を授与していた。いわゆ
る「賞与本尊」である。
 
 そういう事例は多々あるが、今回の宗門のように、信徒を脅すために、御本
尊を利用したことは、今までに例はない。日顕が初めてである。
 
 日顕は「創価学会の本尊は血脈がない」と言うが、大聖人は、「日本国の一
切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめんとするに」と仰せのご
とく、民衆の一人一人が直接、御本尊から血脈を受けることができるように、
御本尊を顕わされた。それ以外の血脈など不要である。(続く)
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