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新改革通信 135号  平成29年8月31日

なぜ、日蓮正宗は「戦争責任」を認めないのか(中)
多くの教団は真摯に謝罪を表明している

 当時、日蓮正宗と同じように国策に従った主な伝統仏教教団は、戦争に荷担したことを真摯に認め、その罪を謝罪している。その一部を紹介する。

 真宗大谷派は、日中戦争勃発から50年の昭和62年に、宗務総長が「戦時中、わが宗門は戦争を聖戦と呼び『靖国神社ニ祀ラレタル英霊ハ皇運扶翼ノ大業ニ奉仕セシ方々ナレバ菩薩ノ大業ヲ行ジタルモノト仰ガル』といったのであります。そのこと自体が深い無明であり、厚顔無恥でありました」と宗派の責任を告白し、戦後50周年の平成7年には「佛法の名を借りて、将来ある青年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります」と謝罪している。

 浄土真宗本願寺派は、平成3年に「戦前・戦中を通じて軍部を中心とした国家の圧力があったとはいえ、結果的に戦争に協力したこと、また教学的にも真俗二諦論を巧みに利用することによって、浄土真宗の本質を見失わせた事実も、仏祖に対して深く懺悔しなければならない」と述べ、平成7年にも、同派の門主が「宗祖の教えに背き、仏法の名において戦争に積極的に協力していった過去の事実を、仏祖の御前に慚愧せずにはおれません」と改めて懺悔している。

 浄土宗は、平成6年の「太平洋戦争50回忌法要」表白で門主が「戦役に助力せし重責真に大なりし懺悔の心情、年月と共に益々広がりを増しつつあり」と戦争協力への懺悔を表明したが、平成20年に宗務総長が「わたしたちは、自らの愚かさを自覚したうえで、戦争責任について自省し、アジア太平洋地域の人々の人権と尊厳を侵し、戦争による惨禍と多大なる犠牲を強いたことを、ここに深く懺悔します」と改めて謝罪している。

 臨済宗妙心寺派は、平成13年に「たとえ国策とはいえ結果として、戦時の高揚した国民感情の中で、我が宗門が砥柱のごとく反戦を貫くことが出来得ず協力して来たことに対し誠に遺憾に思うものであります」と戦争責任を表明している。

 日蓮宗では昭和23年、東京裁判の判決に対する所見として、宗務総監が戦争の悲劇に対して「その間に仏教家は何をしていたのか。権威を恐れて常に事莫かれ主義を奉じてはいなかったか。果して仏弟子たるの使命に恥ぢざる行為を執って来たか」「深刻にその罪を自覚し、心からこれを懺悔するのでなければ、真剣な贖罪の行為は現われて来ない」と、懺悔が贖罪の行為を生むと述べている。

 このような伝統教団の真摯な謝罪に比べ、日蓮正宗の無責任さは、何と恥ずかしいことであろうか。

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